佐々木朗希が無名の大船渡高に進学したのはなぜ?実は小学4年生の時のあの出来事にあり!

佐々木朗希の進学理由

高校2年生の夏頃から既に注目を浴びている佐々木朗希選手。

中学時代からその才能にはずば抜けたものがあり
当然のことながら有名高校からの推薦がありました。

しかしながら、その推薦を断って敢えて
甲子園出場経験のない地元の大船渡高校へ
進学したのには大きな理由がありました。

その理由とその理由にも関係する家族構成について
ご紹介していきましょう。

 

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無名の大船渡高に進学した佐々木朗希のその理由とは?

有名高校からの推薦があって、高校でも野球を続けたいと
考える普通の中学生であれば推薦を受け入れて
名門校に進学するのが普通に思える現在。

佐々木朗希選手は有名高校からの推薦を断り
あえて甲子園出場経験のない地元の高校進学を選びました。

それには小学校と中学時代の経験に深い理由がありました。

中学校時代の野球成績と有名高校から多数の推薦

出身は岩手県 陸前高田市。

大船渡第一中学校軟式野球部で
野球をしていた中学時代。

中学での成績は
中3夏・オール気仙でKB東北大会準優勝。

当然のことながら有名高校からの推薦の声掛けあり。

大阪桐蔭高校、履正社高校、花巻東高校などなど。

しかしその誘いを断ってまで
なぜ、地元の大船渡高校へ
進学した理由は彼の小学校、
中学校時代の経験にあります。

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有名高校から推薦を断った第1の理由

それは彼が小学校4年生の時に経験した
東日本大震災です。

震災が起こるまでは岩手県陸前高田市にある
陸前高田市立高田小学校に通っていました。

震災前にに小学校で野球を始めていました。

東日本大震災で
陸前高田市立高田小学校は
とても大きな被害を受けます。

校舎の1階部分は津波に誘われて
児童はグランド避難。

その後、校舎の2階に移動。

生徒は全員無事でした。

市外に避難する児童が多く新学期再開時には
25%の児童が減少しました。

佐々木朗希選手もその市外へ
移動した児童の一人です。

震災と津波の怖さを経験したものでしかわからない
大きな命の重さを感じていたことでしょう。

大船渡市立猪川小学校へ転向。

高田小学校からは20Kmも離れたところにあります。

そこで野球を続けることとなります。

中3の夏のオール気仙で戦った
「仲間と甲子園に行きたい」と話し、
あえて強豪高校からの推薦を断り
地元の岩手県大船渡高校へ進学しました。

さらに、実は佐々木朗希選手は
お父さんを津波で亡くされています。

東日本大震災で命の重さ、
人のつながり、友人との別れ・・・

こういった一言では言い表せない
思いが地元への進学を決断させたのです。

今まで一緒に歩んできた
地元のみんなと同じ高校へ通って
甲子園を目指したい。

そして震災という大変な経験をした
佐々木朗希選手は地元
岩手県の学校で活躍することで
岩手県を盛り上げて行きたいと
いう強い意志を貫きました。

背景を知るととっても理解でき
感動してしまう決断です。

有名高校から推薦を断っ第2の理由

2つ目の理由は、
常に佐々木朗希選手の側にいて
大きな存在だった3歳年上の兄琉希さんの存在。

そのお兄さんの存在も大きかったのです。

家では亡くなったお父さんのように厳しく
野球につても大船渡高校で4番を勤めた
しっかりしていたお兄さん。

そのお兄さんに常に追いつき
追い越せというその姿勢で
「負けず嫌いの精神」が身につき
お兄さんが通っていた同じ高校への
進学を決めたのです。

最大の武器と佐々木朗希選手自身が
語るその「負けず嫌い」は
父親のように厳しく接してくれた
お兄さんのおかげだと感謝しています。

野球の才能が飛び抜けている自分を
主張するのではなく家族や友達といった周囲を
気づかった佐々木朗希選手の心遣いと
優しさが現れる高校進学の決断だったのです。

「イケメン佐々木朗希選手の高校最速163キロの凄い投球について」
「佐々木朗希選手の名前の由来とご兄弟のお名前について」
ご覧になりたい方はこちらを御覧ください。

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佐々木朗希選手の家族構成は?

佐々木朗希の進学理由

お母さん46歳、
お兄さんの琉希さん19歳、
弟の怜希さんの4人家族。
(2018年11月の時点)

東日本大震災の影響で
お父さんを亡くし突然大黒柱が
いなくなって4人家族に。

長男の琉希さんには特に厳しく
次男、3男には優しかったお父さんの
突然の死はまだ小学4年生だった朗希選手の
大きな心の空白になってしまったに
違いありません。

いなくなってしまったお父さんの分まで
家族力を合わせて頑張ってきた
佐々木朗希選手。

2019年のドラフト会議でも指名されることは
間違いありません。

その後もドキュメンタリーの放送もきっと
涙なくしては語れないものになっていることでしょう。

そんな佐々木朗希選手の
ドキュメンタリーにも期待しましょう。

 

夏季大会やドラフト会議がとっても楽しみ

中学時代から優秀な野球成績を挙げながら甲子園出場経験のない地元の
大船渡高校に進学した佐々木朗希の理由と家族構成について
ご紹介してきました。

実際に被災した佐々木朗希選手の優しさには本当に頭が下がります。

佐々木朗希選手の活躍で岩手県の甲子園出場権利を得ることを期待して
夏の地方大会の活躍を楽しみに応援しましょう。

さらにその後のドラフト会議も指名されることが有力です。

ドラフト会議やその直後に放送されるドキュメンタリーも
心待ちにして未来の佐々木朗希選手のプロ野球選手としての
活躍もまた楽しみにしましょう。

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