日本育ちの八村塁が英語を話せるようになったのはいつ?驚愕の努力と上達のコツを大公開!動画あり

八村塁の英語力

ゴンザガ大学3年の八村塁選手が卒業を待たずに
NBAに挑戦する意思をアーリーエントリーによって表明し
NBAドラフト予想のトップ100選手の中で18位に
ランキングされている八村塁選手。

彼はハーフですが日本国籍を持つ日本生まれ、
日本育ちで高校時代までは日本で過ごしていました。

そんな八村塁選手の英語力についてどのようなものであったのか
お話していきましょう。

 

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八村塁選手が英語を話せるようになったのはいつ?

結論からいうと
英語を話せるようになったのはゴンザガ大学1年生の夏以降です。

アメリカのゴンザガ大学に入学してから半年間で必死に英語を身に付けて行きました。

ではこれから八村塁選手が英語をマスターして行った敬意や日本で過ごしていた
生活環境についてご紹介していきましょう。

八村塁選手はペナン人のお父さんと日本人のお母さんを持つハーフです。

富山県生まれの富山県育ち。

高校時代まで日本で過ごしており、高校時代は高校バスケットボールの名門
宮城県仙台市の明成高校で活躍しました。

バスケットボール三昧であった高校時代、
勉強よりバスケットボールが中心で
勉強が好きというわけではなく、
英語の成績も特によかったわけではありません。

 

「勉強は好きではなかったのですが、目標があるというのは強いようで、
まずTOEFLのスコアをパスしないと現地の大学に入れないと分かって、
必死で勉強を始めました。

大学でも成績が悪いと試合に出してもらえないので、
今は高校時代よりも勉強していると聞きました」(母・麻紀子さん)

このように母・麻紀子さんがが取材陣に対してコメントしています。
NBA選手になりたいと意識し始めたのは
中学時代の恩師坂本コーチの影響。

坂本コーチに雑誌を見せられたり映像を見せられてその気になっていったのです。

高校時代はバスケットボールの名門校明成高校に通っており
特に英語に取り組んだわけではありません。

本格的に英語を勉強し始めたのは実際にNCAAの強豪校からスカウトされ
アメリカの大学を具体的に目指し始めた高校3年生の頃。

ゴンザガ大学入学には母麻紀子さんが話されていたとおり
TOEFLの最低スコアであるiBT:68 以上 ITP : 520 以上を
クリアしなければなりません。

2012年のTOEFL受験者のiBTスコア平均 が70。

結構頑張って勉強しいないと取れないスコアですね。

TOEFLの基準スコアをクリアして、
SAT(大学進学適性試験)の基準点を突破して
初めてゴンザガ大学のESL(付属の英語学校)で英語を始めることが出来ます。

そこでコミュニケーション能力を身につけ、授業についていけるだけの
英語力が身についてから大学の授業に参加できることになります。

高校卒業した八村塁選手は無事TOEFLの基準スコアとSATの基準をクリアし
ゴンザガ大学のESL(付属の英語学校)で英語を話せるように訓練しました。

英語を話せるようになったのはこの頃、つまりゴンザガ大学1年生の
夏以降ということになります。

NBAプレーヤーになる目標に向かってひたすら英語に取り組んだ大学1年生時代でした。

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八村塁選手のNBAドラフト指名直前の英語力は素晴らしい上達ぶり!

ゴンザガ大学に入ってから英語を身に着けていった八村塁選手の
NBA指名直前の英語力とはどんなものなのでしょうか。

英語で話しているインタビューがあるので
是非素晴らしい上達ぶりを御覧ください!

2018 年11月の八村塁選手です。

さらにもう1件、2018 年12月の八村塁選手です。

アメリカメデイアのインタビューに普通に英語で
話しかけられて普通に英語で答えている八村塁選手。

個のインタビューの3年前はまだ日本で過ごしていて
英語が話せなかっただなんて思いもよらない滑らかな英語です!

 

八村塁選手が得意でない英会話能力をネイティブスピーカーにまで上達出来たのコツは何?

高校3年生の冬辺りまで特に英語が好きでも成績がよかったわけでもなかった
八村塁選手が渡米してゴンザガ大学の1年生の時に必死で英語をますたーしたそのコツ。

ハチムラはゴンザガ大で英語のクラスを取っていたものの、
パーキンスによれば、ラップソングやNetflix、ビデオゲームなどで英語を覚えたのだという

 

僕らは彼と、常に一緒に過ごしていた。

ありがたいことに、彼はラップを聞くんだ。

そうやってコミュニケーションを取っていた。

共通言語だね。彼は21サヴェージとドレイクを聞いていた。

ルイは彼らが何と言っているのか分かっていたんだ。

僕らは『ルイ、これは実際にはこういう意味なんだよ』と言わなければいけなかったよ。
今彼は、僕よりも上手に英語を話すよ

チームメートのジョシュ・パーキンスはこの様に話しています。

ラップをよく聞いているとのこと。

ラップの語源は「おしゃべり」や「会話」という意味であり、
そこから「しゃべるような歌」と言う意味で広がったとされています。

会話になっている音楽をよく聞いて英語をマスターしていったんですね。

好きなラップだったらその会話の意味から英語を覚えることも苦にならなかったことでしょう。

その他、英語版のビデオゲームで自然と英語を覚えていく。

これもまた、楽しみながら英語をマスターする方法を身に着けていたのですね。

 

八村塁選手がなぜゴンザガ大学への入学を決めたのか?

多くのNCAAの強豪校からスカウトされた八村塁選手。

そんな中で進学先に決めたのは
2015年のNCAAトーナメントでスウィート16(16強)に
進出した強豪ゴンザガ大学でした。

このゴンザガ大学は日本のプロバスケットボール選手アイラ・ブラウンのススメでした。

元NBAプレーヤーでもあるアイラ・ブラウン選手は当時、
富山のチーム「富山グラウジーズ」で活躍しており、
八村塁の父とも仲が良かったのです。

将来有望な塁にアメリカバスケの名門校であり母校でもあるゴンザガ大学を
ススメたのです。

ちなみに、アイラ・ブラウン選手は日本に帰化して日本代表選手としても
活躍しています。

ゴンザガ大学の卒業生が身近にいたのであれば、
大学の様子や指導教員の様子や何よりバスケットボールをする環境についても
詳しく聞くことが出来たので進学するには迷いはなかったことでしょう。

八村塁の英語力

 

八村塁選手の大学1年生は英語を学ぶ毎日でバスケはお預け

英語を身に着けて大学の授業についていかないと
進級できずバスケットボールすら出来ない環境の八村塁選手。

「自分ひとりでやっていたら絶対にできなかった。
諦めていたかもしれない」と八村は周囲の助けに常に感謝をしています。

心が折れかけるたびに多くの人に支えられ、
「アカデミックアドバイザーもいますし、
家庭教師もいますし、コーチ陣とかも声をかけてくれる」

と話し、異国でも孤独は感じず学業をこなすことが出来たと話しています。

というわけで、ゴンザガ大学1年生の11月までは
ひたすら英語を身に着けて大学の授業を理解することに
重点を置いた大学生活でした。

バスケットボールはどうだったかと言うと

大学1年目が語学力が不十分なために
シーズン中の八村はチームのシステムを覚えることが先決で
プレータイムは短かいものでした。

しかし「たとえ試合にあまり出られなくても
試合に向けて気持ちを作ったり
準備することを忘れたくなかった」という意気込みで参加。

1年目の最終戦、大接戦となったノースカロライナ大とのNCAAファイナル。

終盤にチームがファウルトラブルに陥ったときに八村塁選手は
「試合に出る準備をしろ」とヘッドコーチから告げられました。

実際には試合へ出ることはありませんでしたが
監督からの期待も伺える大学1年生の時間を過ごしたのです。

本格的な活躍は大学2年生からでした。

 

ネイティブスピーカー並の英語力を生かしたNBAでの活躍に期待

NBAプレーヤーになる目標に向かって
苦手だった英語を克服しゴンザガ大学に進学した八村塁選手。

高校3年生の冬からの猛勉強により
TOEFLのiBT:68 以上 ITP : 520 以上をクリアして行く様子など
いつから英語が話せるようになったのかについてお話してきました。

驚愕とも言える努力は高校3年生から大学1年生の1年間。

好きなラップやビデオゲームから英語を学ぶ工夫をし、
大学のサポートシステムも使いながら
ネイティブスピーカー並の英語力を身に付けていきました。

これからのNBAでの活躍に期待していきましょう。

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