令和の天皇陛下の苗字と名前に込められた思いはある?由来は?明治維新後の歴代天皇についても大調査!

令和の天皇陛下の苗字と名前に込められた思いはある?由来は?明治維新後の歴代天皇についても大調査!

令和の天皇陛下の苗字と名前に込められた思いはあるのでしょうか?

あるのであれば、由来も気になりますよね。

令和の天皇陛下の苗字や名前について詳しく調べ、由来や名前に込められた思いについてお伝えしようと思います。

名前について知ることで、日本の象徴である天皇陛下の特別さについて改めて知って頂きたいです!

さらに、明治維新後の歴代天皇についても大調査してみたいと思います!

お楽しみください!

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令和天皇陛下に苗字はあるの?名前は?

徳仁 – Wikipedia

令和天皇陛下の名前は「徳仁(なるひと)さま」です。

2019年5月1日に126代目の天皇として即位しました。

そして、なんと皇族に苗字というものは存在しません!

苗字というのは天皇から臣下に与えるものであったり、他の地域や人と区別するためのものです。

日本において天皇より上の身分は存在しないので、皇族の方たちは昔も今も苗字を持ちません。

さらに、日本の天皇は神武天皇から代々続いているので、他と比べる必要もないことも理由です。

ですが、皇族の方たちには苗字の代わりとなる「称号」というものがあります。

令和天皇陛下の称号は「浩宮(ひろのみや)」です。

苗字の代わりになるものはあったとしても、苗字を持たないということを改めて知るとやはり天皇や皇族の方は特別な存在なのだと思わされますね。

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令和天皇陛下の苗字や名前に由来はあるの?その意味は?

歴代の天皇の名前には「仁」という文字が良く使われています。

令和天皇陛下の名前も「徳仁」と仁が使われています。

仁には、慈しむ、親しむ、愛する、諸徳の総称、有徳の人という意味があるので天皇の名前としてよく使われています。

また、令和天皇の名前は、祖父であった昭和天皇が命名したと言われています。

同年2月29日に命名の儀において祖父帝の昭和天皇が「浩宮 徳仁(ひろのみや なるひと)」と命名した。「浩宮」の称号は四書五経のうちの『中庸』第32章にある「浩々たる天」、「徳仁」の名は同じく「聡明聖知にして天徳に達する者」を典拠とする。「 肫肫たる其の仁、淵淵たる其の淵、浩浩たる其の天。苟くも固に聡明聖知にして天徳に達する者ならざれば、其れ孰か能くこれを知らん。 」

—『中庸』第32章

徳仁 – Wikipedia

令和天皇陛下の称号の「浩宮」も「徳仁」という名前も中庸という儒教の四書の1つを使っています。

「 肫肫たる其の仁、淵淵たる其の淵、浩浩たる其の天。苟くも固に聡明聖知にして天徳に達する者ならざれば、其れ孰か能くこれを知らん。」の意味は以下を参考にして下さい。

「肫肫」は、仁慈のいきわたっているさま。「淵淵」は淵の深きがごとく、人柄の静深のさま。「浩々」は、天の広きがごとく、徳沢の広いさま。天徳を完全に備えた人の姿はこのようなものである。

今上天皇の御名前の所以 | あいさんの五円5枚、ご縁の感謝祭☆驤福堂 (ameblo.jp)

漢字ばかりで難しいですが、令和の天皇陛下の人柄にぴったりですよね。

やはり、天皇というのは名前だけでも特別なのだと思わされます!

天皇陛下の即位の儀式の時も、国民の幸せや世界の平和を希望するとしっかりと述べていました。

誠実な言葉には少しも嘘や偽りは感じらせず、さらに人を愛することや思いやるということが天皇陛下から感じられますよね。

名前に込められた願いの通りに生きている姿は、やはり日本の象徴という存在にふさわしいと思います。

即位礼正殿の儀のことをみなさんは覚えていますか?

儀式の直前まで雨だったのに、儀式が始まる直前に晴れてさらに皇居に虹までかかったんですよね。

古事記によると日本は神様が創ったと言われていて、まるでおとぎ話のようにも感じられます。

ですが、即位礼正殿の儀のことを思うと神の血筋を受け継ぐ神武天皇から代々続く天皇は、今も神様と繋がっているのかもしれません。

そう考えると、改めて令和天皇陛下の偉大さや特別さを感じます。

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天皇陛下の苗字や名前を歴代天皇についても大調査!

御歴代天皇陛下之系図|日本BLOG (fc2.com)

126代も続いている天皇家ですが、少し身近な明治維新後の歴代天皇についても調べてみました!

明治天皇は、なんと14歳で即位していることに驚きです。

幕末から明治にかけての時代は、みなさんも知っている通り激動の時代ですよね。

明治天皇以前の天皇は、武士の時代になってからは力を持っていませんでしたが、明治天皇からは、天皇自身が各地を回ったり、日清戦争や日露戦争では指揮をとったりしたと言われています。

今とはまた役割が違いますよね。

昭和天皇も、長く天皇を務め、第二次世界大戦までは軍事や外交政策にも関わったと言われています。

戦後からの天皇は、日本の象徴となっています。

日本の象徴であり、平和を願うことが今の天皇の役割ですが、時代によって役割も違っていて面白いですよね。

激動の時代に、天皇家も役割を変えながら日本を支えてくれていたのだと思います。

歴代の天皇は、亡くなるその時まで天皇を務め、亡くなったその時から時代が変わっています。

平成上皇は譲位していますが、急に時代が変わるよりも今回のように準備期間があったのは時代的に良かったですよね。

代 天皇   幼名/称号名前在位期間
122明治天皇祐宮(さちのみや)睦仁(むつひと)慶応3年(1867年)1月9日~
明治45年(1912年)7月30日
14歳~59歳
皇居
123大正天皇明宮(はるのみや)嘉仁(よしひと)大正元年(1912年)7月30日~
大正15年(1926年)12月25
33歳~47歳
皇居
124昭和天皇迪宮(みちのみや)裕仁(ひろひと)昭和元年(1926年)12月25日~
昭和64年(1989年)1月7日
25歳~87歳
皇居
125平成上皇継宮(つぐのみや)明仁(あきひと)昭和64年(1989年)1月7日~
平成31年(2019年)4月30日
56歳~87歳
皇居

参考:天皇の一覧 – Wikipedia

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令和の天皇陛下の苗字と名前に込められた思いはある?由来は?明治維新後の歴代天皇についても大調査!まとめ

令和の天皇陛下の苗字や名前、そこに込められた思いや由来を調べました。

天皇には苗字は存在しませんが、その代わりに称号というものがその代わりをしていました。

そして、令和の天皇陛下の名前は昭和天皇が命名しており、儒教の中庸を参考にしていました。

明治維新後の歴代天皇についても調査しましたが、歴史によって天皇の役割も変化しておりとても勉強になったと思います。

日本の象徴である天皇は、神の血筋を持ち今も続いていると思うと天皇陛下の特別さや偉大さも改めて感じられました。

令和の天皇陛下と歩む令和の時代が、天皇陛下が願うような幸せと平和な時代になっていくと良いですよね。

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